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2008年4月11日 (金)

涙そうそう

”涙そうそう”を最初に聴いたのは、”元ちとせ”だった。
最近、話題の”千の風”より訴えるものがストレートで好きだ。

この曲に歌われている”あなた” は誰なんだろう?

昔の恋人を思い出して、”涙”なら現実的では無いなー。
女々しすぎる。

作詞者の森山良子の意図から言えば、亡くなった”お兄さん”
亡くなった人への哀愁の歌。
「亡くなった」のであって、この場合「死んだ」のではない。
「亡くなった」は「無くなった」に通じて、いつかは「見つかる」
の期待が込められている。

これが素直な気持ち。

「死亡」は現実的な事実。「亡くなる」は現実的な事実を受け入れる
ことができない人間。この隔たりに多くの感情が含まれている。

「涙そうそう」を聴くと、いつもこんなことを受け取っている。

英語バージョン、沖縄バージョン、方言バージョン、標準語バージョン
の4種類を聴いて、それぞれを楽しんでいる。
英語バージョン(ヘイリー)は、
今まで覚えてきた英語の単語が出てきてうれしい。
沖縄・方言バージョンは、方言の持つ優しさをあらためて
感じる。
森山良子の標準バージョンは、日本語の美しさを感じる。

ビギン 涙そうそう

夏川りみ  涙そうそう

森山良子 涙そうそう

元ちとせ、スガシカオ、矢野顕子のメンバーで歌う涙そうそうです 。

 

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コメント

ココログ「涙そうそう」へのコメント

日本語の歌詞で次のようになっているところ

きっといつか 会えると信じ 生きてゆく

英語では
I do believe somewhere in time

I do believe I will see you once again

となっています。
英語の歌詞で "somewhere in time"という表現は
「今生」も「来世」も含んで「きっと会える」という意味です。
「今生」のことをthis lifetime
「来世」のことはanother lifetime とか
future lifetime とか言います。
(another lifetime には「前世」の意味もありますが、
この歌の場合、関係ありません)
英語の方が、「この世で会えなくてもいつかきっと」という思いが
感じられます。

投稿: ma | 2008年4月11日 (金) 20時30分

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